おばちゃまはシリア・スパイ
ドロシー・ギルマン著 柳澤由実子訳 集英社文庫
陰謀とか人の悪意とか、余り本で読んでまで体験したくない軟弱な私がワクワクしながら読めるスパイ小説。主人公のポリファックス夫人は、なんとボランティアで「スパイ」をしていると言う。普段はガーデニングに精を出しガーデンクラブの会員、空手は茶帯な、おばちゃまがある日志願してCIAの捜査員として働くことに。
CIAとしては「普通の人」が要り用な余り危険でない仕事を任せるのだけど、それが何故か重大事件や凶悪事件に結びついてしまうと言う訳。ちょっと前に書かれているので、イラク戦争もスーダンのダルフールの危機もまだ起きていないのだけど、シリアという中東の中心に有る国を舞台に繰り広げられる逃亡劇。
著者のギルマン氏は、人がスランプになったり鬱になったり、その気持ちをどう乗り越えるかと言うことにこまやかな観察をしている人で、それをひとりの人間に投影したこのおばちゃま、と言う主人公は、実際に目の前にいたら、きっとお友達になりたくなるような包容力のある人物。ニコニコっと笑って華やかな衣装を着て、でも危険に遭遇したら空手チョップで敵を倒してしまうというこのおばちゃまが、若くて身寄りの無い有能な女性達の味方をしていく。
スパイをしなくたって、身近に恐怖の種になるものなんて五万と有るわけで、でも、その時にどうすれば平静でいられるのか、また、極限に置かれたときの発想の転換のきっかけはどのような物か、と、ある種の人生相談的なスパイスがあちらこちらにちりばめられてて、何となく行き詰まったときによく手に取ります。ギルマン氏の「おばちゃまはスパイシリーズ」以外も奇想天外なキャラクターとストーリが華やかに展開する一方で、引っ込み思案で人と付き合うのが下手とか、不器用な登場人物の成長物語が同時に進むところにホッとする小説達です。
どうせ非現実世界なんだから、陰謀と悪意にあふれてても良いじゃない。と、言えるタフな人には少々甘ったるい物語かな。でも、「人間、捨てたもんじゃあないじゃない」と言うことを、確かめたいときには、ついでにスパイ物語も展開していく所に心惹かれながら楽しんでます。